大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)147号 決定

抗告人 山川ヒロ子(仮名)

主文

原審判を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

理由

抗告人は、葉書をもつて原審判は不服であるから異議を申し立てる旨述べたものであるが、即時抗告の申立をしたものと認めるべきである。

原審判は、証拠に基き抗告人と山川正雄とは昭和三一年一〇月○○日婚姻の届出をし同年一一月○日挙式同棲したものであるが、昭和三二年八月一七日長女が生れて間もなく、正雄は抗告人が無断で幼児の蒲団を買つたことを理由に抗告人を殴打し、その数日後「夫を尻にしくようなことは許せぬ。」といつて抗告人を殴打したので抗告人は一たん実家に帰つたが、その後間もなく同居することとなつたところ、昭和三三年二月頃正雄は飲酒のうえ抗告人を殴打し、同年八月頃「酌をするのが嫌なら帰れ」といつて抗告人を引き倒した。そこで抗告人は同月末日その実家に帰り正雄との同居を拒んでいる事実を認定し、夫婦の一方が「同居を拒み得べき特別の事由は、民法第七七〇条所定の離婚原因その他これに類する重大な事由と解すべきところ、上記認定事実は未だ民法第七七〇条第一項第五号に当らないのは勿論、同居を拒み得べき特別の事由があると解することはできない。殊に同居は夫婦関係の本質的内容であるから離婚を求めず婚姻を継続しながら同居を拒むことは妥当でないと云わなければならない。」と判示して、抗告人に対する正雄の同居の申立を認容したのである。

思うに婚姻を継続し難い重大な事由が認められる場合、夫婦の一方は、相手方よりの同居請求を拒否できることはもちろんであるが、たとえ婚姻を継続し難い重大な事由が認められない場合であつても、その同居請求が、同居請求権の法律上認められている目的ないし信義則に反するときは、権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。

原審が前示のとおり認定したように、抗告人と正雄との間に婚姻を継続し難い重大な事由が認められないとしても、原審における抗告人本人の審問の結果中には「もし(抗告人が正雄と)同居したとしても(それは三度目となるのであるが)、やはりしばらくすれば(正雄は)前と同じ態度になり、以前と同様の状態となることは明らかである。」旨の供述があるのであつて、もし抗告人が正雄と同居しても、また従前のように正雄より暴力を受けるおそれがあるものと認められるときは、抗告人に正雄の暴力に対する忍従を強いるべき理由はないものといわなければならず、正雄の抗告人に対する同居請求は同居請求権の濫用というほかはない。したがつて、原審は、もし抗告人が正雄と同居した場合正雄より暴力を受けるおそれがあるかどうかについて、職権で、さらに事実調査・証拠調をしなければならない(家事審判規則七条一項)。原審は審理を尽くさない違法があるものといわざるを得ない。

よつて本件抗告は理由があるから家事審判規則一九条一項を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 態野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例